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沈黙を破られた神
──ハバククとティンダル 2020/09/26
ハバクク書1:12-2:2
2016年10月2日・聖霊降臨後第20主日
奈良基督教会にて
「あなたの目は悪を見るにはあまりに清い。
人の労苦に目を留めながら
捨てて置かれることはない。
それなのになぜ、欺く者に目を留めながら
黙っておられるのですか
神に逆らう者が、自分より正しい者を
呑み込んでいるのに。」ハバクク1:13
今日はお話ししたいことが二つあります。一つは、今日の旧約聖書、預言者ハバククのことです。もうひとつは、今週の木曜日、10月6日に殉教の記念日を迎えるウィリアム・ティンダルです。彼は英国の宗教改革の最初の時期に、聖書を原典から英語に翻訳しました。そのことが異端のわざとされ、死刑となりました。しかしわたしはこのウィリアム・ティンダルこそ、生きた神の言葉を民衆にもたらし、かつ聖公会の基礎を築いた人物の一人として尊敬しています。
まず旧約聖書のハバククです。彼は、紀元前600年頃、ユダ王国で活動した預言者です。彼はその時代のひどい不正と暴力の現実に耐えがたい思いをしていました。彼のことを嘆きの預言者と言ってもよいくらいです。
彼は冒頭から、このように神に訴えます。
「主よ、わたしが助けを求めて叫んでいるのに
いつまで、あなたは聞いてくださらないのか。
わたしが、あなたに『不法』と訴えているのに
あなたは助けてくださらない。」1:2
ハバククは正しい人が神に逆らう者たちによって取り囲まれ、糾弾を受けているのを知っていました。正義が曲げられる現実に直面していました。
社会の暴力と人の欺きの現実に苦しみつつ、ハバククは神に向かって叫びました。どうしてあなたは沈黙しておられるのか。
「それなのになぜ、欺く者に目を留めながら
黙っておられるのですか
神に逆らう者が、自分より正しい者を
呑み込んでいるのに。」1:13
ハバククはしかしただ神の沈黙を嘆いただけではありません。沈黙しておられるかに見える神の声を聞こうとしたのです。
「わたしは歩哨の部署につき
砦の上に立って見張り
神がわたしに何を語り
わたしの訴えに何と答えられるかを見よう。」2:1
ハバククは神に向かって集中しました。集中して、神が自分に何を語られるかを聞こうとしたのです。しかも彼は「聞こう」と言わず、「見よう」と言います。見るほどにはっきりと神の答を求めたのです。
たくさんのことを抱え混乱し、嘆くわたしたちにも、ハバククのような神への集中が必要ではないでしょうか。
神は沈黙を破って彼に答えられました。
「主はわたしに答えて、言われた。
『幻を書き記せ。
走りながらでも読めるように
板の上にはっきりと記せ。』」2:2
書いて読めるように、見えるようにはっきりとご自身の答を示す、と神は言われたのです。神は沈黙を破って彼に語られたのでした。
もう一つのお話のほうに移ります。ハバククの時代から2100年くらい後の、16世紀のイギリスです。これはわたしたち聖公会の源流に遡る話です。
16世紀初めのイギリスにおいても、他のヨーロッパ諸国と同じく、神は沈黙しておられるかのようでした。なぜかと言えば、日曜日には礼拝に行くのですが、一般の人には祈りの言葉も、朗読される聖書の言葉も意味がわかりません。学者か聖職者にしかわからないラテン語で礼拝が行なわれているからです。何となくありがたい、と思う人も多かったかもしれません。しかし、人々の魂は潤されていなかった。神の言葉を聞くことができないということは、神を知る、神を経験する道も塞がれているということです。しかし人々の心の奥には、神を、救いを、導きを求める渇望があったのです。
ひとりの若い司祭が、神によって心を燃やされて、普通の人々に神の言葉を届けたいと決意しました。ウィリアム・ティンダルです。彼は原典から英語に聖書を翻訳し、人々が直接神の言葉に触れるようにしなければならないと信じたのです。
しかし当時、聖書を勝手に翻訳することは禁じられていました。人々が聖書を自分で読んで解釈することによって、権威に逆らい秩序を乱すことを恐れたのです。
迫害の手が伸びてきます。イギリスにとどまることは危険でした。そこで彼は大陸に渡り、協力者を得て聖書の翻訳と出版の事業を進めました。
彼は正確な翻訳を目指すとともに、普通の人々にわかりやすい翻訳を目指しました。たとえば、綴りの長い単語ではなく、できるだけ短い言葉を用いて訳す。複雑な言い方ではなく、単純な表現を工夫する。聖書本文を目で追っていってそのまま理解できるようにする。これは大変な努力です。
ティンダルの英訳聖書は船の荷物の中に隠されて、海を渡ってイギリスに持ち込まれました。彼の新約聖書は、非常な勢いで売れました。人々はそれを待っていたのです。
ティンダルの聖書をとおして神は沈黙を破って語り出されたのです。
しかし弾圧、迫害の手が及びます。聖書は見つかり次第没収され、火で焼かれました。そして彼自身も逮捕され、異端宣告を受け、司祭職を剥奪されました。1年以上の獄中生活の後、処刑されることになりました。
彼が公衆の面前で、身体を柱に縛り付けられて、首を絞められて火に焼かれようとするその瞬間、彼は叫びました。
「主よ、イングランドの王の目を開いてください!」
Lord, open the king of England’s eyes!
しかし彼の内に燃えていた神の愛、彼のうちに燃えていた神への愛と人への愛は、空しくはなりませんでした。彼の生涯と殉教は多くの人々を福音の真理のために奮い立たせました。彼の福音のための情熱とその生涯と死は、多くの人々を眠りから呼び覚ましました。福音に基づいて本当のイエス・キリストの教会を再建しようとする運動が大きな力となり、長い曲折を経た後、ローマ・カトリックから独立した英国教会(聖公会)が誕生します。
ヘンリー8世は、まもなく英語の聖書を各教会に備えつけるように命じました。
アメリカ聖公会の1979年の祈祷書の教会暦には、10月6日に司祭ティンダルの名前が記されています。そしてホームページにはティンダルを記念して次のような祈りが掲げられています。
全能の神よ、あなたはあなたの僕ウィリアム・ティンダルの心に、人々に聖書を彼らの言葉で提供したいとの燃え尽くすような情熱をお与えになり、彼に力強く品位ある表現の賜物と、あらゆる妨げに打ち勝ってやり通す強さをお与えになりました。あなたにお願いします。わたしたちが聖書を読みまた学ぶとき、そしてみ言葉がわたしたちを悔い改めと命へと招いていてくださることを聞くとき、どうかあなたの救いのみ言葉をわたしたちに現してください。父と聖霊とともに一体であって永遠に生きて統治されるわたしたちの主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン