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【説教】詩人・尹東柱の十字架《動画あり》

京都キリスト教協議会主催「キリスト教一致祈祷週間礼拝」

2023年1月22日

聖アグネス教会にて

【礼拝の動画】説教は33分頃から

 今、マタイによる福音書からこういう言葉を聞きました。

 「裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた」25:36

 けれども今日お話しするその人は、獄中にいても訪ねてくれる人はなく、この寒い季節に暖房のない福岡刑務所のコンクリートの独房で次第に衰弱していました。独房にあるのは、彼が頼んで差し入れてもらった英語と日本語対照の聖書1冊です。

 わたしたちは先ほど詩編42編を唱えました。

 「神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう、『み顔こそ、わたしの救い』と」。

 おそらく彼も、聖書を開いて、ひとりこの詩編の祈りの言葉を唱えていたに違いありません。

 彼の名は(ユン)東柱(ドンジュ)。しかし日本ではその名を用いることは許されず、大学でも下宿でも、警察署でも刑務所でも、「平沼東柱(とうちゅう)」と呼ばれていました。しかしここではもちろん、彼の本来の名で呼びます。今日は韓国・朝鮮のキリスト者詩人、尹東柱のお話をします。

 尹東柱。1917(大正6)年、朝鮮東北部から中国に入ったあたり、北間島(プッカンド)と呼ばれる所で生まれて、すぐに幼児洗礼を受けました。平壤およびソウル(当時、京城)で学び、日本に留学して立教大学、ついでこの京都の同志社大学で学びました。1943年、夏休みで帰省する準備をしていたところ、下鴨警察の特高に逮捕され、「治安維持法違反」の罪名で京都地方裁判所で懲役2年の判決。1945年2月16日、福岡刑務所で獄死しました。満27歳。あと半年待てば日本は敗戦、朝鮮は解放を迎えるはずでした。78年前のことです。

 彼は何も秘密結社を作って独立運動をやったわけではありません。ただ失われていく、奪われていく朝鮮語、朝鮮文化を愛して、その大切さを友人たちと語り合った。自分のその言葉で詩を書き、日記を書いた。それが日本の「国体」に反逆する犯罪とされたのです。

……