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【説教】静まれ、わたしを神と知れ

詩編第46編

聖霊降臨後第11主日・2025年8月24日
京都聖三一教会にて

 今日は先ほどご一緒に唱えた詩編第46編を味わってみたいのですが、その前に旧約聖書のイザヤ書の箇所(28:14-22)について少しだけ触れておくことにします。

 これは今から2700年も前の、ユダの国で活動した預言者イザヤの言葉です。当時、東からは大国アッシリアが迫っており、ユダの指導者たちは戦争準備を強めていました。しかしイザヤはそれに強く反対して言いました。

 「嘲る者らよ、主の言葉を聞け/エルサレムでこの民を治める者らよ。」イザヤ書28:14
 「嘲る者ら」というのは、イザヤを嘲る当時の国の指導者たちです。

 「お前たちは言った。『我々は死と契約を結び、陰府(よみ)と協定している。洪水がみなぎり溢れても、我々には及ばない。我々は欺きを避け所とし、偽りを隠れがとする。』」28:15
 「我々は死と契約を結び、陰府と協定している。」だから安全だ、というのは、南の大国エジプトと秘密協定を結んだから大丈夫だ、ということです。これに対してイザヤは主の言葉を告げて、およそ次のように言いました。──

 正義も公正も投げ捨てて、偽りを横行させたままでは、決して国の安全は保てない。やがておまえたちの言う「陰府との協定」、つまりエジプトとの秘密軍事協定は無意味であることがあらわになる。神の民と称しながら神を忘れて戦争準備に走るこの国を、神は滅ぼされる。

 神が求めておられるのは平和なのです。
 今日の箇所はこのイザヤの言葉で結ばれます。

「わたしは定められた滅びについて聞いた。それは万軍の主なる神から出て国全体に及ぶ。」28:22

 遠い昔の預言者の言葉は、平和の実現を強く呼びかけています。そしてその言葉は、今日のイスラエル国家の暴虐を暴き、また日本がアメリカとの同盟のもとに進めている大規模軍事拡張に否!を訴えている。そうわたしには聞こえます。その平和への呼びかけは、今日の詩編第46編にも響いています
 
 詩編は旧約聖書に収められた祈りの詩集です。キリスト教は最初の頃からこの詩編をわたしたちの祈りとして受け入れ、聖公会も祈祷書の中に詩編150編全体を収めて、礼拝の中で大切に用いてきました。わたし自身もまた、この詩編によってどれほど助けられたかわかりません。

 今日の第46編を元にしてルターは「神はわがやぐら」という聖歌を作詞作曲しました(聖歌453)。また聖歌452「神はわが力、わが高きやぐら」の歌詞もこの詩編に基づいています。

 「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの力‖ 悩むときの変わらぬ助け」(日本聖公会祈祷書の詩編から引用)
 これは信仰告白です。広くは世界の混乱と危険があり、狭くは人との間での葛藤がある。不当に侮辱され、圧迫され、危険にさらされて耐えがたい苦しみに襲われるとき、どこに身を避けるところがあるのか。どこにわたしたちの助けがあるのか。神にあるのです。神にしかないのです。

……