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【説教】イエスの名の力と働き

ルカによる福音書 2:15-21

主イエス命名の日・2026年1月1日
上野聖ヨハネ教会にて

 

*

「八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。」
ルカによる福音書2:21

今日、年の初めの1月1日は主イエス命名の日。わたしたちの救い主としてお生まれになった方に、正式にイエスと名前が付けられた日です。

この新しい1年、わたしたちはイエスの名を大切に心に宿し、また真心をもってイエスの名を呼びましょう。毎日そうしましょう。イエスの名はただの表示やレッテルではありません。この方の名を呼ぶとき、呼ばれたこの方イエス自身が、呼ぶわたしたちに振り向いてくださる。わたしたちを見つめて、わたしたちを心にとめてくださる。イエスとわたしたちの間に交流が起こる。心が通い合う。より深くイエスの愛を知るようになる。そのような1年となることを願います。

ところで今日知りたいのは、イエスという名そのものに力があり、命がある、ということです。この名前とともにイエスが生きて働かれる。最初の教会の人びとはそれを知っていました。それはどのようなことだったのか。新約聖書の中から探っていきましょう。

まず福音書からです。ルカ福音書によりますと、イエスは弟子たちを教育し訓練しつつ、まず12人を宣教に派遣されました(9:1-6)。この場合の宣教というのは具体的なことで、人びとを捕まえて支配している悪霊を追放し、病を癒やすことでした。それからしばらくたって、イエスは今度は72人を町や村に派遣されました(10:1)。だんだんと弟子たちが増えて育っていっているのがわかります。その72人がやがて働きを終えて帰ってきました。72人は喜びに溢れて口々にこう言うのです。

「主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します。」10:17

「お名前を使うと」、イエスの名前を使うと、人間を縛り付け苦しめていた悪い力が屈服する。イエスの名によって人びとが癒やされていく。そういう予想もしなかったことを72人の弟子たちは経験した。たとえ物理的にはイエスと離れていても、イエスの名が力をもって弟子たちと共に働いた。

わたしたちも想像してみましょう。イエスの姿は見えない。けれどもイエスの名を呼ぶとき、イエスはここにおられる。その名と共に働いてくださるのです。

帰ってきた弟子たちの報告を聞いてイエスは喜ばれた。と同時に危うさも感じます。弟子たちは有頂天になっていて、いつの間にか自分の力を誇るようになる危険がある。イエスはこういましめられました。

「悪霊があなたがたに服従するからといって、喜ぶな。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」10:20

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