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【説教】悲しむは幸いである ─ 尹東柱の詩「八福」と重ねて
マタイによる福音書 5:1-12
顕現後第4主日・2026年2月1日
上野聖ヨハネ教会にて
今日の福音書はイエスの「山上の説教」の冒頭部分です。
おびただしい人々がイエスに従って来ています。それぞれ悲しみ、痛みや困難を抱えた人々です。辛い現実に耐えながら神を求め、イエスに期待してここに来ています。
「イエスはこの群衆を見て、山に登られた。」マタイによる福音書5:1
イエスはこの群衆のそれぞれが抱える悲しみと痛みをご覧になりました。慈しみの目でご覧になりました。わたしたちもまた、その群衆の一人です。
「腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。そこで、イエスは口を開き、教えられた。」5:1-2
この後8回、「……幸いである」が繰り返されますが、そのうちの一つに耳を傾けましょう。
「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる」5:4
人々の悲しみに触れたとき、イエスの心は悲しみに満たされました。一時しのぎの慰めを口にすることはできません。しかしこの人々を望みのないまま立ち去らせることはできない。ここでイエスの心は呻(うめ)いて、この悲しむ人々に対して神は何と言ってくださるのかを、イエスは祈り求められました。
やがてイエスの心と口から言葉が響き始めました。
「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる」
神の慰めが、イエスの心と言葉をとおして、悲しむ人々の心を包みます。イエスの祈りをとおして人々の悲しみは神に届き、神の慰めはイエスの言葉をとおして人々を包みます。
ところで今から81年前の1945年2月、ひとりの朝鮮の青年が福岡の刑務所に捕らえられていました。名前は尹東柱(ユンドンジュ)といいます。日本が朝鮮を植民地支配していた時代の末期です。
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