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【説教】あなたがたに聖霊が降ると 2020/5/24

使徒言行録1:1-14
2017年5月28日・昇天後主日
奈良基督教会での説教

 今日は昇天後主日。主イエスが天に昇られたことを記念しながら、イエスの約束を心に刻んで祈る日です。

 今うたいました聖歌187の1節
♪ 父の家に 昇りゆきて ほめうたのなかに まします主よ
  罪の重荷 負える者に 誓いの聖霊 降(くだ)したまえ
 
 父なる神の家に昇ってゆかれた主イエスさま、
 今、天使たちの賛美の歌の中におられる主イエスさま、
 地上にあって罪の重荷を負って苦しんでいるわたしたちに
 あなたが約束された聖霊を注いでください。

 わたしたちに必要なのはこれです。イエスさまが、わたしたちに何より必要と思われて、それを送ることを決意し約束されたのは聖霊。主イエスが約束された聖霊を祈り求めるのが、今日の主日の趣旨です。

 韓国の人が祈るのを聞いていてしばしば印象的なのは「간절히 기도합니다(カンジョリ キドハムニダ)」という言葉です。「カンジョリ」というのは、漢字で書けば「懇切に」なのですが、それは「切に」という意味です。「切に、切にお祈りします」という言葉をほんとうに切に祈られるのです。
 その祈りの切実さには二つの要素があると思います。一つは、祈る人の抱えている困難さです。困難であるがゆえに切に祈らざるをえない。人のために祈る場合は、その人への深い思い、本物の同情があります。
 もう一つは、祈る相手、つまり神さまへの信頼です。神さまへの一途(いちず)な姿勢です。抱えている困難を一途に神さまに聞いていただく切なる祈り。
これが、わたしたちに必要なものです。

 ヨハネ福音書によれば、主イエスは最後の晩餐において聖霊の約束をされました。何度も繰り返されたのですがそのひとつ。
 「しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。」16:13
 聖霊がいちばん大事なことを分からせてくださる。これはイエスさまの遺言です。

 主イエスは復活の後、40日にわたってしばしば弟子たちに現れて、ご自分が生きていることをお示しになりました。そしていよいよ弟子たちを離れて天に昇ろうとされたとき、再び同じ約束をされました。それが今日読まれた使徒言行録です。
「そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。『エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。』」1:4-5
 わたしが以前から言っておいた、父なる神が約束されたものを待っていなさい。他のことは忘れて、約束されたものを待っていなさい。それは聖霊です。あなたがたが受ける聖霊はあなたがたを力づける。あなたがたを造り変える。あなたがたを喜びで満たす。聖霊を祈り求めて待っていなさい。

「あなたがたの上に聖霊が降(くだ)ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」1:8
 これはイエスの遺言であり、希望を与える約束です。

 オリーブ山で主イエスを天に見送った弟子たちは、しょんぼりと山を下ったのではありません。イエスの約束を胸に刻んで、聖霊を祈り求める熱意を心に与えられて、エルサレムの仲間の家に戻ってきました。これからなすべきことはひとつです。約束の聖霊を待ち望んで祈ることです。
「彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。」1:13
 ここに漠然と「弟子たち」とは書かれず、固有名詞が挙げられていることに注意しましょう。

 アンデレ。彼は、ヨハネ福音書によれば、イエスに従った最初の弟子のひとりであって、兄弟ペテロをイエスのところに連れて行きました。
 フィリポ。彼はバルトロマイ(ナタナエル)をイエスのもとに連れて行った人です。大事な場面でそっと登場しますが、最後の晩餐では不適切な言葉を口にしてイエスを悲しませました。
 マタイ。元徴税人です。仕事柄人々から嫌われていた人ですが、イエスに呼ばれたとき、それまでの生活を断ち切ってイエスに従った人でした。
熱心党のシモン。ローマ帝国の権力支配に抗して立ち上がった人です。

 それぞれに個性があり、イエスと出会う前にはそれぞれの人生の歩みがありました。皆、仲がよかったとは限りません。弟子たちの間にも葛藤があり、場合によっては相互の不信もありました。しかし皆がイエスによって集められた人たちです。葛藤を超えて、彼らは同じ悲しみを経験し、同じ喜びを経験し、今、同じ一つの希望を抱いて一緒に祈るのです。一人ひとりに聖霊が必要であり、集まり全体に聖霊が必要です。
「彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。」1:14
 聖霊を求めて祈る群れの中に女性たちがはっきり位置を占めて存在しています。イエスの母マリアがいて、イエスの兄弟たちもいます。

「彼らは皆、……心を合わせて熱心に祈っていた。」
イエスが約束された聖霊を求めて祈っていました。
この最初の教会の祈りと姿が、わたしたちの祈りと姿になってほしい。

 聖霊とは何でしょうか。聖霊は来て、何をもたらすのでしょうか。
 聖霊は風となってイエスの息吹をもたらします。聖霊の風はわたしたちの心と体の中に吹き込まれて、わたしたちの体と心の隅々までを活性化する、力づけるのです。
 聖霊は火となって、わたしたちの抱えている不純なもの、悪しきものを焼き払い、わたしたちを清める。と同時に神の愛をわたしたちの内に燃やすのです。
 また聖霊は光となってわたしたちのうちに宿ってくださって、イエス・キリストの存在と愛と救いをはっきりと経験させてくださるのです。

 聖霊は命の与え主。
 主イエスは、これが、これこそがわたしたちに必要であること知って、わたしたちを愛して、これを送ることをわたしたちにも約束してくださいました。

 祈ります。
 神さま、すでにあなたが与えてくださった聖霊を大切に保たせてください。今日、この礼拝のうちに聖霊を注いでください。そしてこれからの歩みのために、さらに豊かに注いでください。聖霊を求めてわたしたちも最初の弟子たちとともに祈るようにしてください。聖霊の祝福がわたしたちを生かしますように。聖霊によって神さまがわたしたちをとおして働いてください。アーメン