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これが隅の親石となった
 ─英語聖書翻訳者ウィリアム・ティンダル

マタイ21:33-43

2020年10月4日・聖霊降臨後第18主日
上野聖ヨハネ教会にて

「家を建てる者の捨てた石、
これが隅の親石となった。
これは主がなさったことで、
わたしたちの目には不思議に見える。」マタイ21:42

「ぶどう園と農夫」のたとえをとおしてイエスが祭司長たちやファリサイ派の人々に言われたのは、「あなたがたはわたしという石を捨てて殺そうとしている」ということでした。

家を建てる者たちが、基礎を据えまた積み上げるために石を選びます。こんな石はいらない、邪魔だと言って捨て去ってしまう。イエスは邪魔だ、と言って捨てようとしているのです。堕落しあるいは弱り果てた神の民イスラエルを再建するために、神から来られたこのイエスこそが必要なのです。それなのに捨てて葬り去ろうとしている。

「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。」
こう言われたとき、イエスはご自分に起ころうとしていることを知っておられました。自分は捨てられて殺される。しかしその自分の死が、新しい神の国の建設の土台となる。それをイエスは知っておられました。
捨てられて十字架に死に復活されたイエスが、わたしたちの土台、教会の土台です。

そのイエスさまの精神が後の人々に宿りました。別の言い方をすれば、イエスの霊が後の人の中に生きて働きました。そのような人のひとりのことを今日はお話ししたいと思います。それは、明後日10月6日に記念日を迎える英国の司祭、ウィリアム・ティンダル(1494?~1536)という人です。彼がいなければ、聖公会という教会は生まれていなかったかもしれません。

今からおよそ500年前、16世紀のイギリスです。16世紀初め、他のヨーロッパ諸国もそうですが、イギリスにおいても、人々は生きた礼拝を経験できませんでした。なぜかと言えば、日曜日には礼拝に行くのですが、一般の人には祈りの言葉も、朗読される聖書の言葉も意味がわかりません。学者か聖職者にしかわからないラテン語で礼拝が行なわれているからです。何となくありがたい、と思う人も多かったかもしれません。しかし、人々の魂は潤されていなかった。聖書の言葉を聞くことができないということは、ほんとうに神を知る、神を経験する道も塞がれているということです。しかし人々の心の奥には、神を求める、神の救いと導きを求める渇望があったのです。

そうした中、ひとりの若い司祭が神によって心を燃やされて、一般の人々に神の言葉を届けたいと決意しました。ウィリアム・ティンダルです。彼は原典ヘブライ語、ギリシア語から英語に聖書を翻訳し、人々が直接神の言葉に触れるようにしなければならないと信じたのです。

しかし当時、聖書を勝手に翻訳することは禁じられていました。人々が聖書を自分で読んで解釈することによって、権威に逆らい秩序を乱すことを恐れたのです。
迫害の手が伸びてきます。イギリスにとどまることは危険でした。そこで彼は大陸に渡り、協力者を得て聖書の翻訳と出版の事業を進めました。

彼は正確な翻訳を目指すとともに、普通の人々にわかりやすい翻訳を心がけました。たとえば、綴りの長い単語ではなく、できるだけ短い言葉を用いて訳す。複雑な言い方ではなく、単純な表現を工夫する。聖書本文を目で追っていってそのまま理解できるようにする。これは大変な努力です。
1526年、新約聖書の翻訳が完成しました。ティンダルの英訳聖書は船の荷物の中に隠されて、海を渡ってイギリスに持ち込まれました。彼の新約聖書は、非常な勢いで売れました。人々はそれを待っていたのです。ティンダルの聖書をとおして、神は人々に直接語り始められのです。

しかし弾圧、迫害の手が及びます。聖書は見つかり次第没収され、火で焼かれました。そして彼自身も逮捕され、異端宣告を受け、司祭職を剥奪されました。1年あまりの獄中生活の後、処刑されることになりました。公衆の面前で、身体を柱に縛り付けられて、首を絞められて火に焼かれようとするその瞬間、彼は叫びました。

Lord, open the king of England’s eyes!
「主よ、イングランドの王の目を開いてください!」

こうして彼はおよそ40歳で亡くなりました。しかし彼の内に燃えていた神の愛、彼のうちに燃えていた神への愛と人への愛は、空しくはなりませんでした。彼の生涯と殉教は、そして彼の訳した聖書は、多くの人々を福音の真理のために奮い立たせました。神の言葉によって、心からの礼拝によってほんとうのイエス・キリストの教会を再建しようとする運動が大きな力となり、長い曲折を経た後、ローマ・カトリックから独立した英国教会(聖公会)が誕生します。

ティンダルが世を去って1年になるかならないとき、英国王ヘンリー8世は、英語の聖書を各教会に備えつけるように命じました。
彼の聖書は、1611年のキング・ジェイムズ欽定訳を経て、今日に至るまで英訳聖書の土台となっています。

ティンダルの肖像をご覧ください。左手で聖書を支えています。右手は人差し指を伸ばして、聖書を指さしています。目はこちらを見つめています。わたしたちに向かって、聖書を読むように、聖書から命を汲み取るようにと促しているかのようです。

「家を建てる者の捨てた石、
これが隅の親石となった。
これは主がなさったことで、
わたしたちの目には不思議に見える。」マタイ21:42

ウィリアム・ティンダルはイエスに従って生き、捨てられて、そうして教会の隅の親石となったのです。彼のうちに生きて働かれた主イエスが、わたしたちのうちにも生きて働いてくださいますように。

アメリカ聖公会の1979年の祈祷書の教会暦には、10月6日に司祭ティンダルの名前が記されています。そしてそのウェブサイト(ホームページ)にはティンダルを記念して次のような祈りが掲げられています。

 全能の神よ、あなたはあなたの僕ウィリアム・ティンダルの心に、人々に聖書を彼らの言葉で提供したいとの燃え尽くすような情熱をお与えになり、また彼に力強く品位ある表現の賜物と、あらゆる妨げに打ち勝って成し遂げる強さをお与えになりました。あなたにお願いします。わたしたちが聖書を読みまた学ぶとき、そしてみ言葉がわたしたちを悔い改めと命へと招いていてくださることを聞くとき、どうかあなたの救いのみ言葉をわたしたちに現してください。父と聖霊とともに一体であって永遠に生きて統治されるわたしたちの主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン