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『きけ わだつみのこえ』によせて

日本キリスト教史」後期開講にあたって

井田 泉
                     (聖公会神学院 1992.9.25)

戦争「できる」国から戦争「する」国へと突進する今日の状況を憂い、12年前の神学校での授業のレジュメを若干手を加え掲載します。

1.『きけ わだつみのこえ』
この夏に『きけ わだつみのこえ──日本戦没学生の手記』(岩波文庫)を2冊読んで、心に残るものがあった。学徒動員されて異国に置かれ、死を前にして綴られた青年たちの言葉を抜粋して紹介し、聖書に照らして若干の考察を述べる。

(1) 序
渡辺一夫の「感想」
冒頭に非常に印象的な渡辺氏の文が置かれている。
「しかし、それでも本書のいかなる頁にも、追いつめられた若い魂が、自然死ではもちろんなく、自殺でもない死、他殺死を自ら求めるように、またこれを『散 華』と思うように、訓練され、教育された若い魂が、若い生命のある人間として、また夢多かるべき青年として、また十分な理性を育てられた学徒として、不合 理を合理として認め、いやなことをすきなことと思い、不自然を自然と考えねばならぬように強いられ、縛りつけられ、追いこまれた時に、発した叫び声が聞か れるのである。この叫び声は、僕として、通読するのに耐えられないくらい悲痛である。……」
「僕は、……二、三枚読んだ時、黒い野原一杯に整然と並べられた白い木の十字架を見た。そして、読んでゆくうちに、その白い十字架の一つ一つから、赤い血が、苦しげに滲み出るのを見た。このような十字架は、二度と立ててはならぬはずである。たとえ一基でも。」
「……若くして非業死を求めさせられた学徒諸君のために、僕は、心から黙祷を献げたいと思う。」
・渡辺一夫は序のしめくくりにジャン・タルジューの詩を引用する。

死んだ人々は、還ってこない以上、
 生き残った人々は、何が判ればいい?

 死んだ人々は、慨(なげ)く術(すべ)もない以上、
 生き残った人々は、誰のこと、何を、慨いたらいい?

 死んだ人々は、もはや黙ってはいられぬ以上、
 生き残った人々は沈黙を守るべきなのか?

(2) 軍隊・国家(以下の頁数は引用文章の出て来る頁ではなく、各筆者の冒頭頁)
「中沢隊の一兵が一支那人を岩石で殴打し、頭蓋骨が割れて鮮血にまみれ地上に倒れた。それを足蹴にし、また石を投げつける。見るに忍びない。……冷血漢。 罪なき民の身の上を思い、あの時何故遅れ馳せでも良い、俺はあの農夫を助けなかったか。自責の念が起る。女房であろう、血にまみれた男にとりついて泣いて いた。しかし死ななかった。軍隊が去ると立ち上がって女房に支えられながらトボトボ歩き去った。
 俺の子供はもう軍人にはしない、軍人にだけは……平和だ、平和の世界が一番だ。」川島正 p.89

「私は限りなく祖国を愛する/けれど/愛すべき祖国を私は持たない/深淵をのぞいた魂にとっては……」中村勇 p.153

「日本人の死は日本人だけが悲しむ。外国人の死は外国人のみが悲しむ。どうしてこうなければならぬのであろうか。なぜ人間は人間で共に悲しみ喜ぶようにならないのか。……外国人であるゆえにその死を日本人が笑って見る。これは考えても解らない。」岩ヶ谷治禄 p.275

「私は今宣言する! 帝国海軍のためには少くとも戦争しない。……私は今から私自身のこころに対していう。私は私のプライドのためならば死に得るけれども帝国海軍のためには絶対に死に得ないと。我が十三期の学徒出身の搭乗員がいかに弾圧されているか。
 私は早く戦争に行きたい。私は早く死にたい。……」林憲正 p.389

(3) 信仰
「本夕はじめて支那人の教会に入ってみました。……私は日本の耶蘇教徒だといいましたら、とても嬉しそうな顔をしてこちらに日本語の聖書がありますとわざ わざ出して来てくれました。……帰り際に老人が出埃及記(注・出エジプト記)をくれようとしました。嬉しいことでした。」大井栄光 p.31

「神の正義が立たんがためには、その熱愛する祖国の滅亡を予言して憚らなかった古イスラエルの予言者たちより、『神の国とその義とを求めよ、さらばなくて ならぬものは与えらるべし』と強く宣言したもうた主イエス、さらに『真理に逆ろうて力なし。真理に従いて力あり』とさとせる使徒パウロに至るまで基督教の 旗幟は、しごく鮮明である。
 ……人間中心にあらず、神本位なり。国家中心にあらず、正義本位なり。国滅びて山河あり。国民滅びて神の義の揚ぐるあれば足れりとするものが基督教である。」中沢薫 Ⅱp.53

(4) 家族
「またしても母の転科を奬むるますます激しくなった。ただひとりの息子──その成長ばかりを願って来た母は、わが子をみすみす戦場に死なせるのはけだし 〝願わざるの甚だしき〟ものであろう! その憂いその心配はまるで狂気のごとく、母としてはほとんど泣かんばかりの真剣な態度で自分に哀訴するのであっ た。……今や母の本能は鋭敏に我が子の血の匂いを嗅いでいる! 的確に〝死〟の予想をしていたようであった。
 ……お母さん、お気持はようくわかります。しかし時代とわれわれの教養が御言葉に添うのを許さないのです。どうぞ先き立つ不孝は御ゆるしください……。」平井聖 p.184

「……頭に浮かぶものは愛らしい子供、妻、父、母、妹等々。門出の前夜〝私を未亡人にしてはいや〟といったきみの顔が目が忘れられない。……全く男子の本懐、御召しとあらば、皇軍の一人として誓って恥じざる覚悟にいる。苦しい覚悟に。」篠崎二郎 p.91
(注・杜甫の詩「新婚の別れ」を思わせる)

(5) その他
「今の自分は心中必ずしも落着きを得ません。一切が納得が行かず肯定が出来ないからです。いやしくも一個の、しかもある人格をもった『人間』が、その意思 も行為も一切が無視されて、尊重されることなく、ある一個のわれもわからない他人のちょっとした脳細胞の気まぐれな働きの函数となって左右されることほど 無意味なことがあるでしょうか。自分はどんな所へ行っても将棋の駒のようにはなりたくないと思います。」中村徳郎 p.228

2.若草の妻もあるらむ──万葉集から(数字は万葉集の歌の通し番号)

(1) 天皇賛美の歌
「海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草生(む)す屍 大君の 辺(へ)にこそ死なめ 顧みは せじと言立て」4094(大伴家持)

(2) 浜辺に横たわる死体
「浦ぶちを 枕にまきて うらも無く 臥したる君は 母父(おもちち)の 愛子(まなご)にもあらむ 若草の 妻もあるらむ 家問へど 家道(いえじ)もいはず」3339

 万葉に歌われた不慮の死を遂げた人の姿は、戦争に動員されて孤独に死んでいった人々の姿と重なってくる。

3.偶像への供え物──聖書から
 日本人戦没学生──彼らはアジアの人々からすれば加害者である。しかし私たちは彼らを単に「加害者」として一括りにして済ませることはできない。彼らが 日本国家の被害者であることを痛切に知らなければならない。彼らの多くは、納得できない死を日本国家から強制され、それを意味ある死であると無理に自分に 納得させようとして死んでいった。その被害者である彼らが、同時にアジアの民衆からすれば加害者であることの不幸を嘆くべきではないか。
 旧約聖書には次のような言葉がある。紀元前6世紀のはじめごろのイスラエルの状況に対する神の発言である。
「お前はまた、わたしのために産んだお前の息子、娘たちをとり、偶像の食物として供えた。お前の姦淫はまだ足りないのか。お前はわたしの子供たちを殺し、火に焼いて偶像にささげた。」(エゼキエル16:20-21)
 神が「わたしの子供たち」として愛しておられる人々が、戦争のために偶像にささげられた。天皇制国家という偶像に供えられた彼らのことを、私たちは忘れ てはならない。そしてこの偶像が、自分の国のひとびとのみならず、他国の息子、娘たちをも供え物として要求したことのおぞましさを忘れてはならない。
 かつてイスラエルの人々がサムエルに、自分たちの王を立てることを要求したことがある(サムエル上8:1-)。それに対してサムエルは王がいかに忌まわ しいものであるかを述べたが、人々は聞かなかった。天皇を王として掲げた日本の教会は、かつてのイスラエル以上に大きな誤りを犯した。
 1996年の日本聖公会総会における「戦争責任の宣言」は、教会がイエス・キリストの教会であるためにどうしても必要であった。

(2004/08/23)